≪一≫

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~翠~ 江戸の冬は寒いと思う。 だけども寒い方がいいのだとも思う。 だって蕎麦が売れるもの。 朝から翠野は蕎麦を打つ。 毎日打つ。 決して上手くないが、ひたすら打つ。 だけど八割なのか、十割がいいのか分からない。 自分は八割が好きだった、でも伊勢から帰った若隠居が翠野の蕎麦を食って言ったのだ。 「あんたの蕎麦は粋じゃねぇ。伊勢は十割が本流よ。江戸の真ん中の蕎麦屋がこれじゃあ神様だって雲隠れ。寄り付くのは不粋な芋っころばっかりさね。にいさん、客が欲しけりゃ、十割にするこった」 お伊勢参りは江戸の憧れ。 だけど翠野には興味がない。 蕎麦が旨いか、今日の蕎麦は上手く打てたか― それでお仕舞い。 他の事は考えない。 だけど。 翠野は蕎麦を売りたい。 人に食べて欲しいから。
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