≪一≫

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いそいそと父と母の葬儀は終わった。 体を二つに折られて白木の桶に入れられる両親に、翠野は近づく事が出来なかった。 兄が許さなかったのだ。 「お前は人で無しだ。親が死んだ日にてめぇが何したか良く考えろ。ろくでもねえ」 兄はそう吐き捨てる様に言った。 ただ涙だけが出た。 翠「父ちゃん。母ちゃん…」 小さく呟く。 誰も答えてはくれなかった。 親類に挨拶する兄の姿を遠巻き眺め、もう兄ちゃんも呼べぬのかと思うとまた涙が出た。 俯いて自分の着物を握りしめ、父と母を送った。 一人ぽつんと残された翠野は少し息を吐き、空を見た。 蒼い。 空が高い。 鳥が羽ばたく。 父と母がその背に乗って居るのが見えた。 …気がした。 翠「行っちゃった」 高い所に行けたんなら良い気がした。 仏様が守ってくれるかな。 空を見た。 いや、天を見た。 抜ける蒼の向こうに日輪が見えた。 光の輪の中が父ちゃんと母ちゃんの居場所になるのだと思うと、心が少し軽くなった。 人は死ぬのだもの。 ゆっくり翠野は首を下げ、家の中に目をやった。 仕込みをしよう。 それから出ていこう。 翠野はいつもと変わらず、竃に火をおこした。
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