≪二≫

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若い男ねえ…。 そう言っていたがね、アタシもそんなに変わらないんだけどね、あの人達はアタシを幾つだと思ってるんだろうかね。 黄月は今年、十七になったばかりだった。 まあねえ、この長屋に一番長く住んでるからね。 江戸の真ん中、本玄長屋は十数年前に一度、店子が空になった。 前の大家だった人の女房が全て追い出したのだと聞いていた。 旦那の色が住んでいる。 そう言う噂が立ったのだった。 黄月は信じていない。 大江戸八百八町といえども、囲いたくなるような女、ましてや長屋に住む様な女に良い女などいやしない。 近くにあばた顔の年増を置くくらいなら、遊郭にでも行った方が大分ましだろうに。 しかしそこは女房である。 どの女を見ても旦那の色に見える。 婆さんだろうがこぶ付きだろうが、全部が旦那に色目を使っている様に見える。 大家のおかみさんは店子を散々虐めて、とうとう女を全部追い出した。 しかも皆が皆、所帯持ちの誰かの女房だったのが馬鹿らしい。 清々した。 おかみさんはそう言った。 清々したも何もないのが大家その人である。 そもそも本当に噂は噂だったのだ。 火のない所に云々と言うが、誠に火種はなかったのだそうな。噂の出所はそれも馬鹿らしいのだけども、追い出された店子の一人だったのだ。 「神社で転んだお春さんを大家が介抱して、手を引いていた」 ただの親切である。 それだけの事が悋気に触れた。 挙げ句の果てが長屋大清掃であった。 当然、家賃が入らないから大家の家計は火の車になる。 新しい店子を入れるにも、やれ女子はいかぬ、若い娘はいやらしい。などと結局誰も居着かず、大家は商いを手放した。 ああ、清々した。 またおかみさんは言ったそうな。 少しおかしかったのだろうねえ。 黄月はそう思った。 新しい大家の元に一番最初に来たのが、黄月と姉のお光だった。 あれから十数年。 江戸の事件といやあ、色恋沙汰ばかり。 黄月はそれも気に入らなぬ。 なにが楽しいかちっともわからない。 長屋の女どもはみんな浅黒くて、髪もゆるんでこ汚い。 みんないずれは― 変わる、老いる、朽ちる。 そんなものには価値はねえ。 銭は変わらねえ。 黄月は懐に入れている一分銀をやわりと撫でた。
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