≪二≫

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黄月は隣の音と匂いで今日も目覚めていた。 だがいつもと何やら様子が違う。 ぐっぐっぐ。 という音が何時になく長い。 これで終わりだなと思っている所でまた、 ぐっぐっぐ。 と始まった。 耳を澄まさずとも隣の音は丸聞こえなのである。 壁が薄いのだ。 竹のひごに漆喰を塗りたくっただけの、簡素な造りになっている。 それにしても静かなものである。 隣からは ぐっぐっぐ。と、 とんとんとん。と、 くつくつくつ。と言う音しか聞こえてこなかった。 訪ねて来る者もいないのか、居るやら居ないやらわからぬ時分もある。 しかしいつもと違う朝、黄月は二ヶ月目にして始めて隣の男の声を聞いた。 「駄目だあ。駄目だあ」 不思議な声色である。 独り言なのに、何人もで一斉に喋っている様に聞こえる。 「駄目だあ。固まらぬ。ダマが取れぬ」 割合に大きな声で言っている。 ダマとはなんだろうね。 黄月は初めて隣の若い男に興味が湧いた。 「もう一度やってみよう」 そう言ってまた、 ぐっぐっぐ。 と音がし始めた。 隣に誰が住んでいても銭にはならぬ。だけどもね、こう毎日毎日同じ音聞かされちゃあ、知りたくもならぁな。起き上がったら一寸覗いてみるかね。 黄月は朝は起き上がらぬ。 祟られてもだ。 いや、祟るものを生け捕れるなら起きるかな。 取っ捕まえて売り飛ばしてやろう。 若い役者かなんかが憑いてくれないかねえ。 まあ、生け捕れるも何も祟るからには死んでいるのか。 あぶく銭の算段と隣の事を考えながら、黄月は再びまどろみの中に溶けて行った。 最後に聞いた、 「お隣さんは確か、よろず屋さん…」 と言う声が少し気になったのだけれど―
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