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捨テ台詞
いよいよ、この部屋を出て行こうと思う。
日付が変わる少し前。
今、この部屋から出て行かない理由などはどこにもない。
この部屋に未練などはないし、空になった炊飯器をはじめとする家財道具には、少しの思い入れもない。
私の家ではないこの部屋の中、私の所有物は現在身につけている衣類と、サバイバルナイフだけだ。
「もう、出て行くの」
声が聞こえる。
私は靴を履きながら振り向いて、部屋の真ん中に倒れている死体を一瞥した。
死体が喋るわけもなく、したがって死体の問いかけに応えてやる必要もない。
私は出て行くよ、と言う代わりにドアノブに手をかけた。
今日一日水しか飲んでいない私の身体は、声を出すことすら嫌がっていた。
「まあ、いいや。警察が来るまで、きみを引き止めることができたんだからね」
玄関のドアが、私が力をかける前から動いていく。
ドアノブを握っていた私は、バランスを崩して転倒してしまった。
驚きと空腹感とが相まって、私には立ち上がる気力すら沸いてはこなかった。
声が聞こえる。
「おまえがやったのか」
当然だ。
相手は生身の人間なのだから。
幕。
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