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ジャアァーン!!
耳を切り裂くようなドラムの音。
俺は黙って立ち尽くす葵の顔を覗き込んだ。
呆然。
って油性マジックで顔に書いたぐらい分かりやすい表情だ。
それから所無さげに辺りをキョロキョロしては、ハウスの隅に移動した。
その姿があまりにも哀れに感じて、俺は「帰ろう」と葵に助け船を出した。
「…ロックって凄いね!私初めて聞いたからビックリしちゃった」
葵は俺が何も言ってないのに、ライブハウスから出てきた理由を説明し出した。
「別に理由なんか要らないだろ。ピアニストの葵にはあれが音楽だなんて思えないだろうし」
俺の言葉に、葵は俯いてしまった。
「…あのさ、もう止めたら?
兄貴を忘れる為に慣れない事ばかりやるの」
俺は赤信号で止まった時に、葵が持ってきたジャズのMDを止めた。
「なっ…そんな事してないよ!」
「じゃあなんでピアノ辞めるんだよ」
俺の言葉に、葵は一瞬怯えたように眉を寄せた。
「…………ピアノの事、誰に聞いたの?」
「…母親だよ。お前の母さんとお茶した時に聞いたって言ってた」
「そう…」
俺達は近所に住んでるから、母親同士も仲がいい。
そしてピアニストである葵が『ピアノを辞める』と言い出したと、葵の母親が俺の母親に相談したらしい。
「…ピアノはね、辞めるってまだお母さんにしか言ってないの。
やっぱり仕事だし、他の仕事っていっても、ずっとピアノしかして来なかったからまだ全然考えられないし…」
「…だろうな」
俺は青になった信号機に向かってゆっくりとアクセルを踏んだ。
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