雨の香り

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しばらく2人の間に沈黙が続いていた。 長い静寂に耐えかね、結が口を開こうとした時。 それよりも早く秦が口を開いた。 「今日は楽しかったよ、ありがとう美奈希さん」 「え、あ、いや、そんな事――」 「こうやって遊んだのは兄さん以外では初めてでさ」 「お兄さん?」 迎えの車が来るまでの間の静寂に秦も耐えかねたか、はたまた結に気を使ったか、秦は言葉を紡いだ。 「兄さんが就職しちゃったから、一緒に街に出たりは無くなったけどね。僕とは違って優しいし格好良いし、何でも出来る。自慢の兄さんだよ」 「お兄さんの事、好きなんだね」 「尊敬してるんだ、僕にはない全てを持ってるあの人を……昔は嫌いだったけどね」 「そうなんだ、私は妹がいるけど……なれてるかなあ、尊敬されるようなお姉ちゃんに」 「さあ、それはどうだろうね」 「やっぱり無理かなぁ」 2人の間に和やかな雰囲気が戻ってきた。 外の雨などもう気にはならない。 しかし、秦が笑顔を見せることはなかった。 時折口元は笑っているように見えたが、目は悲しそうに伏せられていた。 「ごめんね美奈希さん」 「ううん……結で良いよ、緋月君」 「……僕の事は、秦で良いよ」
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