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夕暮れの太陽の光は既に尽きかけ、暗闇の支配が下界を覆い始めていた。小さな村のあちこちで、夕食の準備のためにかまどの煙りが立ち上っている。
長い一日の、ほぼ最後の仕事。お腹をすかせた家族のために、温かな心のこもった夕食を作る事。そんな慌ただしい時間を、かまどの前でエミッタは満喫していた。
小さな家の、小さな台所。そして、椅子に腰掛けていても、見上げる程大きな彼女の父親は、台所に二脚しかない木彫りの椅子の大きい方に座って、じっとかまどの炎を見つめている。
いつも見慣れた風景なのだが、エミッタはどこか急かされるような動きで、夕食の準備に追われていた。
「もうすぐ出来るからね」
父親のルースにそう呼び掛けて、エミッタは細腕をフル回転させ、料理の並べつけに追われ始める。鍋の具の煮込み具合を見た後に、あたため直したパンを食卓へと運ぶ。
10歳になったばかりにしては小柄な体に、お下げに編まれた長い銀色の髪。火の前に長い時間いたので、赤くなった頬と大きな琥珀色の瞳が、一層彼女の幼さを引き立てている。
お気に入りのフリル付きエプロンを着ていると、彼女はまるっきりお人形さんである。
だが見掛けとは逆に、エミッタはじっとしている事が大嫌いな性格だった。物心がついた時から父親と二人きりの生活なので、エミッタは自然と家事の担当には慣れていた。
今ではすっかり家の中の事は、彼女の仕事になっている。
その家事の中でエミッタが一番好きなのが、夕食の支度だった。掃除や洗濯は、いくらやり込もうとも上達には限度があるし、工夫や創造の入り込む余地はほとんど無い。
だが料理は奥が深い。何より、一生懸命作った料理が上手に出来て、作ってあげた相手が満足する顔が見れるのが嬉しい。
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