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決して上手くはないのに。そもそも私はその曲名すら知らないのに。空にかざしたビー玉のように綺麗な少女の歌声が、私の心に溶け渡る。
私はいつしか、時も場所も自分も忘れて、少女の前に座り込んでいた。
やがて。
少女の歌が終わる。夢が、終わる。
私は、心底嘘偽りなく自然と拍手していた。
そこで初めて、少女の瞳が私を映す。
「ありがとう」
少女は言った。
言って、笑った。
純水のような笑顔だった。純粋で、無邪気で、不純物の存在すら知らないかのような笑みだった。
夜の公園で、見ず知らずの人間が目の前にいるにも関わらず、少女には一切の恐れがない。
異常だった。
「いい歌だね」
私はだからこそ、いや、そんな事には関係なく素直な感想を口にした。
「どっちの意味?」
「どっちの意味でも、だよ」
歌自体もいい。少女が歌っていたからなおいい。
ふふ、と少女がこそばゆそうに笑う。
「実は人に聴かれるのは初めてなの」
「そうなんだ」
「うん。だから、あなたがファン一号」
ぴしっと、指差される。間違ってはいなかったので、何も言い返さなかった。代わりに私は、心の奥にわだかまる疑問を吐き出す。
「――歌手に、なりたいの?」
「うーん、まあ、そういうことになるのかな」
――? 意外にも歯切れの悪い答えに、私は思わず内心首を傾げてしまう。
「私にとって、今まで歌は聴いてもらうものじゃなくて、あくまでも歌うものだったから。でも、あなたに聴いてもらって、こう、心の奥がきゅぅってなったの。私、もっと皆に私の歌を聴いてもらいたい」
少女がくるくるとその場で回ってみせる。ダンスのつもりだろうか。
「でも、難しいよ。歌手なんて。まともに食べていくには、吐いて捨てる程の苦労がいる」
ああ、私は子ども相手に何を言っているのだろうか。誰にだって、夢をけなす権利なんかないはずなのに。ましてや私は、この娘(こ)のファン一号なのに。
私の自己嫌悪を余所に、「うーん」と少女は首を傾げる。
なんて、屈託ない。
なんで、屈託がないんだ。
「でも、生きている限り私は歌えるよ。人生が続くかぎり命は終わらない。道が続くかぎり夢は終われない。『僕たちと一緒に行こう。僕たちはどこまでだっていける、切符を持っているんだ』ってね」
ふっと――
何かが、落ちた気がした。
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