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もしかしたらそれは気のせいなのかもしれない。気の迷いだったのかもしれない。
けれど、私は笑っていた。声を出すことなく、微笑んでいた。
「宮沢賢治の銀河鉄道の夜」
「大好きなの」
少女も笑う。
「歌とどっちが好き?」
「そういうのは比べるものじゃないんだよ、きっと」
そう、比べるものじゃ――ない。
実に晴れやかな気分だった。
たぶん私はもう、二度とこの少女とは会えない。それは直感にもならない酷く醜い勘だったけれど。悟る。私は少女にとって最後のファンだ。
最初で最期。
――私たちは手を振り合って別れた。
月が妙に明るい。視界が清々しく広い。
私は人一倍臆病だ。
それでも。
道がてら、新しい原稿用紙を買って帰ろうと思った。
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