8 死に急ぐ、君達へ

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 私は最初、森下さんが狂ってしまったのではないかと思った。 ―六十年前の日本にタイムスリップしただなんて…―  でも森下さんは真剣だった。体験した事を順に話していった。  確かに信じられる話ではない。  私は森下さんが作り話をしているのではと考えていた。  でも、作り話だとしても、その話は強く私の心を打った。私と同じ世代の人が戦争で死んでいった事などに。  森下さんの話の中に出てくる、岡村・一橋・村上という人達は私とタメである。  全てを聞き終えた時、私の目からは涙が流れていた。森下さんも途中から涙を流しながら語っていたのである。  正直、私は森下さんの話を信じてはいない。でも、森下さんが、私に何を伝えたいのかはよくわかった。  私は自分のたった一つしかない命を、軽く考えていた。それは森下さんも同様であった。自殺をするという事が、どれだけ愚かな行為なのかという事を知ったのだった。 「俺はもう自分の人生を悲観するのをやめる。彼らにも言われた。未来に戻って生きてくれと。  俺は彼らと共に戦った。その彼らの思いを無にしたくない。だから退院したら家に戻り店を再開しようと思う。君も一緒に来てくれないか?」 「一緒に?」  森下さんはうなづいた。 「店にはウェイトレスが必要なんだ。君さえよかったら手伝ってほしい。君はまだ若い。働きながら、自分のやりたいと思える事を見つけてほしいんだ。それが見つかるまでで構わないから、うちで働いてもらえないかな?」  断る理由はなかった。  森下さんと一緒なら安心出来ると私は思えたのである。  私は笑顔でうなづいたのであった。
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