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茶封筒を渡す際に、母が狼狽することはなくなった。 初めの3カ月、母は、私が茶封筒を渡す度に激しく取り乱した。 それは、1カ月置きに百万円近い現金を持ってくる娘に対しては至極、当たり前の反応だった。 「ごめんね、ありがとう」 狼狽えることはなくなったが、母は静かに泣きながら言った。 母は最初から分かっていたのだ。 受け止めるのに時間が掛かったのだと思う。 私のようなごく普通の高校生が1カ月で百万円近い大金を稼ぐ術は、限られている。 母は認めたくなかったのだ。 しかし、認めざるを得なかった。 しょうがないことだった。 病弱な母に莫大な医療費を稼ぐ力はない。 茶封筒を見る度に母は自分の力の無さと娘が汚れていくのに耐えきれず、涙をこぼす。 私は母に何も、言わない。 優しい言葉は母を惨めにするだけだから。 ただ黙ってそれを渡して、ベッドの横の椅子に腰掛ける。 相変わらず何もない部屋。 ベッドとパイプ椅子が二つ、しおれた花の入った安そうな花瓶。 純花…もう起きてよ。 私は、純花の手を握る。 彼女の手はいつも通り、温かかった。 彼女の表情は、穏やかで普通に眠っている、普通の女の子にしか見えかった。 『お姉ちゃん、おはよ』 今にも彼女がそう微笑みながら、起き上りそうに思えた。 最後に彼女の声を聞いたのは、いつだっただろうか。 「私、そろそろ行くね」 鞄を持ち立ち上がる。 私は、仕事に向かう。 母は、深々と頭を大きく下げた。 お母さんは悪くないよ。 私は心の中で呟き、部屋を後にする。
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