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「玉ねぎ一袋くださいな」
「あいよ!…っとこりゃゲゲゲリの奥さんじゃねえか!いつも世話んなってんだ、持ってきなよ。店で使ってくれ!」
「やだ、ヤオハチさん。自分の分よ。うちはほら…使わないから。」
「あっ、こりゃいけねえ!まあ、いいや!とりあえずそいつぁ、持ってってくんな!」
いつも悪いねえと声をかけ、八百屋で買い物を済ませた女は帰宅を急いだ。
今、地方紙で特集されるほど話題の飲食店「ゲゲゲリ」そこが彼女の家。旦那の穴流山汚郎と妻の穴流山さきえは店を切り盛りするおしどり夫婦として町では有名人だ。
「汚郎さん、ただいま。またヤオハチさんから戴いちゃったよ。」
「おう、母ちゃんおかえり。ヤオが今度来た時にはまたサービスしねえとなあ。」
「ところで今日の仕込みはどうだい?」
汚郎ははぁ~とため息をつくと黙って鍋を指差した。
「どれどれ…う~ん、この様子じゃ今日は限定30食ってとこかねぇ。」
「俺も歳だよ。いくら頑張ってもこの量が限界だ。」
そう言って肩を落とす汚郎を、さきえは背中からそっと抱いた。
「その30食気合い入れてお客さんにお出しすりゃいいさ。それにね…歳を取ったのはあたしも一緒。一緒に歳を取って死ぬまで支え合おう…そういったのは父ちゃんじゃないか。あたしは店を閉めてもそうするつもりだよ。」
「さきえ、ありがとう…。」
「ふふ、ほらほら開店遅れちゃうよ!さあ準備準備!」
汚郎はぐすっと鼻を鳴らして、また仕込みに戻った。さきえもそそくさと客席を整える。
そう、今日は飲食店ゲゲゲリの最後の営業。
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