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「分かっていたことだけど、渚先輩が引退したのは痛いな」
練習を横目で見ながら、中橋学園一年生にして同女子野球部監督の神谷瀬名は夏の大会のデータを前に首を捻っていた。
中学時代、一年生から四番として野手を引っ張り、守備の要の捕手として投手陣から絶大な信頼を得た逸材。
普通に考えれば今頃どこかの名門校で野球に取り組んでいそうなものだが、彼は男子野球部の無い進学校である中橋学園にいた。
国民的スポーツといえる高校野球。
古豪、新鋭に関係なく全国4000を軽く上回る野球部が夢の舞台を目指し、日々グラウンドで汗や涙を流し、ユニフォームを泥だらけにしている。
しかし、瀬名はその世界に憧れではなく激しい嫌悪を抱いた野球少年だった。
今でこそ度胸がついたが、一度野球を離れた彼は気弱な少年。
その彼の目に高校野球がどう見えたかは想像に難しくない。
野球は趣味で。
そう決めていたのだが、藤村真琴という破天荒野球少女が彼を高校女子野球の世界へ引きずり込んだ。
「無理しすぎなんだよ、うちは」
備品のチェックをしながらマネージャーの明日香が言う。
やや言葉使いは荒々しいが、何かと面倒見は良い二年生だ。
「今更だけど、あの決勝戦、再試合やっていたら私がスタメンやらされていたんだろ? 今考えても生きた心地しないよ」
一応マネージャーだが選手登録もされている明日香。試合中はブルペン捕手をやっていた。
「不戦勝で優勝。真琴じゃないけど、これで納得するのは難しいよね」
初出場初優勝。
が、その決着は意外なものだった。
激しい雷雨で決勝戦は延長10回で雨天コールド。
人数ギリギリで参加していた対戦相手の横渕第二女子が、その試合の最中に怪我により人数不足。
再試合は行われず、中橋学園の不戦勝で優勝。
試合後、真琴も左腕の負傷が発覚し、現在医者からノースローが厳命されているのだ。
両チーム負傷者だらけ。いかに激しい試合だったかが伺える。
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