1 キャット

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 曇りがかった空を見上げて、車から流れる排気ガスを含んだ空気を吸い込んだ。  空港の搭乗口を降りて、表のロビーから次々と溢れ出てくる人波から離れた一人が、一番近くのタクシーへ乗り込んだ。  目的である街と店の名前を簡潔に一言呟く、スーツの上からでも判るほどのボディラインが整った乗客に、タクシーの運転手は軽く口笛を吹き、エンジンを掛ける。 「お客さん、観光かい?」  スーツケースを一つだけの客に、バックミラー越しに運転手が声を掛ける。  サングラスを外した女のモデル並みのプロポーションを裏切らない美貌が露わになる。  心の中で更なる口笛を吹いた運転手に、女は形のよい唇で弧を描く。 「ちょっとした里帰りってところかしら」 「へえ。こっちの出身だったのか。あんたみたいな美人、そう見れねえから今日の俺は付いてるぜ」  気さくに、下品ではない程度の運転手のそれに女は答えず、ガラス越しの外の景色へと視線を寄せた。落ちついた色合いの上品な金髪がさらりと揺れる。 ・・・何年ぶりにこの地へ足を踏み入れただろう。  運転手の一方的な会話に女が二、三軽く相槌を打つ間にタクシーは空港を出て、高層ビルの並ぶ商業区へと入る道路へ乗りあげる。  やがて運転手も会話を諦め、己の本来の仕事に没頭した。  女はずっと移動する景色を目にしたまま、それでも気持ちは落ち着かないのか、手持ち無沙汰な片手を、くせのない髪を一房結いあげて軽く弄ぶ。 ・・・それにしても、養父さんは一体どうして私をこの街に?
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