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カラン―…
洒落た木製の扉が開くと、据付けられたカウベルがさほど広くない店内に響く。
同じく木製のテーブルとベンチ状のイスが並ぶその風景は英国の田舎町を思わせるが、一番奥に陣取っていた先客たちは牧歌的な雰囲気には程遠い色が見える。
まるで太陽の様な赤い髪の快活そうな青年は、鍛え上げられた肉体を自慢するかの様なスポーツマンらしい軽装であるものの、扉へと向けた一瞬の目付きは暗く鋭い。だが入って来た客が知己だと知れば途端に笑顔を見せ、挨拶のつもりで腕を上げればランニングシャツが浮き上がる程に筋肉が踊る。そのギャップに彼の前に腰を降ろした青みがかった銀髪の青年が五月蝿そうに、細身の眼鏡を上げた。不釣り合いな組み合わせだが、それ以上に眼を引くのは、赤い髪の青年の右肩に色濃く残る傷…それは明らかに、銃創だった。
「久しぶりね、相変わらず元気そうじゃない?」
入って来た客は薔薇色のルージュで彩られた唇に微笑みを浮かべて親しげに先客たちに声をかけ、さも当たり前の様に金の長い髪を揺らして同じテーブルに着く。
だが、身体のラインがくっきりと浮かび胸元が蠱惑的に広げられた暗色のミニ・ドレスを身に纏った美女が目の前に居るというのに、眼鏡の青年はテーブルに広げた分厚い本を見据えたまま身動ぎもしない。
「フィル…貴方もよ。」
フィルと呼ばれた眼鏡の青年は軽く視線だけ上げて相手を視認すると、再び目線を本へと落とし、
「ああ。」
低い声でそう一言だけ呟く。まるで彼女には…いや、ウェイターが運んで来た小振りのショートケーキが山と積まれた皿を嬉しそうに受け取る赤い髪の青年すら眼中に無い様子だった。
金髪の美女はそんな相手の態度に慣れているのか柔らかなブロンドをかき上げて、如何にも嬉しそうな表情で小振りとは言えショートケーキを2口でパクつく赤い髪の青年に微笑みを向けながら、フィルと呼ばれた青年にエスプレッソを運んで来たウェイターにキャラメルフレイバーのホット・ティーをオーダーする。
「相変わらずショートケーキ好きなのね、チェロは。」
肩にかかるブロンドをやや邪魔そうに払えば咲き誇る薔薇のタトゥーが左肩に刻み込まれているのが目につく。だがよく見ればそこには痛々しい、大きな手術でもしたのだろうか皮膚を縫い合わせた傷痕が隠されていた。
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