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昼休みを告げるチャイムが鳴ると、わたしはいつものように荷物を持って席を立った。
「お、椎名、がんばれよ!」
「萌、いってらっしゃい!」
みんなの声に、いってきます、と応え、足早に教室を出る。
ちら、と時計に目をやると、本番8分前だった。
時間は充分にある。
廊下を折れ、ふと顔を上げると、前方からやって来るスーツ姿の人影に気づいた。
心臓がドクンと跳ねる。
――春山先生……。
先生はわたしが気付くより先に、笑顔を向けてくれていた。
「がんばって」
「……はいっ」
元気に応え、すれ違おうとした瞬間、先生がクイッとわたしの手を取った。
驚いて見上げると、指先をじっと見つめてから耳元で囁く。
「昨日、下に伸びた?」
「せっ……せんせ……」
わたしは真っ赤になって手を引き抜いた。
……本番前に、なんてこと……っ。
「今日は職員室で聞いてるから。いつもの調子で、ね」
澄ました顔でそう言って、背中を向けて歩き出す。
――もう……っ。
先生の背中を見送ってから、わたしは荷物を抱え直し、放送室に向かって走り出した。
『いつもの調子で、ね』
「……」
緊張が、少しだけ和らいだ気がした。
イジワルばかりするかわりに、先生はいつも必ず、少しだけ優しさをくれる。
両頬も熱を持っているけれど、先生の手が触れた指先の方がずっと熱かった。
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