174655人が本棚に入れています
本棚に追加
ハンカチを目に当て、顔を埋めていると、――不意に手を掴まれ、わたしは驚いて目を上げた。
先生がゆっくりと、わたしの手を引き下ろしていく。
思っていたより顔が近くて、……胸がトクン、と揺れた。
「せんせ…」
琥珀色の、とてつもなく美しい瞳が、わたしを真っ直ぐに見つめている。
目を逸らそうとしても、その視線が深くわたしを捕えて、離さない。
「……泣き顔、見せて」
澄んだ声で囁かれ、さらに鼓動が速くなる。
身体を強張らせているうちに先生の手がこちらに伸びて来て、顔にかかったわたしの髪をすっと耳にかけた。
晒された、少し上気しているはずの頬を、ひやりと冷たい手のひらが包み込む。
「……あ……、あの……」
ぱちくり、と瞬きをすると、目に溜まっていた涙がぽろりと零れ、先生の親指がそれをすくい上げた。
そしてそのまま、しなやかな指先を滑らせ、わたしの唇に優しく触れる。
……しょっぱい……。
目の前の少し切なげな表情が、わたしの胸をざわざわと騒がせる。
先生の指はわたしの唇から頬をなぞり、流れるように耳元に到達した。
耳たぶに指先が触れ、ぴくり、とわたしが反応すると、……先生はフッと表情を緩ませた。
「――無防備すぎ」
「……え」
「校則違反。男と二人きりのときにそんな顔するのは、良くないな」
「……」
先生はわたしの手からハンカチを取り、まるで泣いた子供をあやすように涙を拭ってから、仕上げに鼻の頭をギュッとつまんで立ち上がった。
「近いうち、また部員達に招集かけるから。坂口のシフトの分担もしないとね。
もう休み時間終わるから、行っていいよ。ありがとう」
ドアに歩み寄り、大きく扉を開けてこちらを見る。
「……」
今のは…………なに?
……ホントに、現実……?
止まらなかったはずの涙は驚きに上書きされ、もうとっくに引っこんでいた。
最初のコメントを投稿しよう!