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混乱したまま立ち上がって、先生の前を通り過ぎようとした時、その手がわたしの髪をスッと撫でた。
「これも、校則違反だよ。……そろそろ、結びなさい」
振り向いたのとほとんど同時に、ドアが閉じられる。
わたしはしばらく、その場から動けずにいた。
今になって、激しく打つ自分の鼓動に気付く。
つままれた鼻のジンジンだけが、未だはっきりと残っていた。
先生の顔を、あんなに近くで……。
先生の指が、わたしの……唇に。
目の前で見た深いコハク色の瞳が、頭をかすめる。
胸が、きゅっと締め付けられ、わたしはその苦しさに顔をしかめた。
――先生は、大人で。
いつだって、余裕。
先生がちょっと斜めに口を結んだ、イジワルな笑い顔を思い浮かべる。
そして、――わたしの顔を覗きこんだ、始めて見る熱い瞳。
どうしてわたしに、そんな顔、見せるの……?
『恋っていうのは、どんなにじたばたしても、自分じゃ絶対にコントロール出来ないものなんだと思うんです。
だから、抵抗しても、ムダです。おとなしく、好きな人を好きでいましょう』
――本当は、人の相談になんて、乗っている場合じゃない。
わたしは先生に、ひどく恋い焦がれている。
そしてそれがとても……辛い。
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