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 その日の放課後。  わたしは、呆然と自転車置場の前で立ち尽くしていた。  吹き抜けた風にあおられ、巻いていたマフラーの片側がタイミング良く、はらりと落ちる。  深いグリーンのボディに、ミントグリーンのグリップ。オプションで付けてもらった革のサドル。  入学から一年近く、駅から学校までの道のりを徒歩で通っていたわたしに、この週末、母が買ってくれたばかりの愛すべき自転車。  そのサドルが、ない。  このどう考えても説明がつかない状況に思考が停止し、その場から動けずにいると、――頭の上から甲高い笑い声が聞こえて来た。  ゆっくりと顔を上げると、二階の窓からこちらを見下ろす人影が目に入った。  気取ったように頬杖をついた沙希先輩が、魅力的な笑顔を浮かべ、こちらを見下ろしている。 「なーに、萌ちゃん。どしたの?」  わたしはそのまま、ただぼんやりと沙希先輩を見上げていた。 「あれ、もしかして萌ちゃんてさー、サドル付けない派?」  あはは、と後ろのほうから笑い声が響く。 「大丈夫だよ、そのまま乗って帰りなよ」  出たー、ドS!キャハハッ!  楽しそうなその声に追われるようにして、わたしは校門に向かって歩き出した。  ――今のわたしに悪意の直撃は……ちょっと、キツイ。  鼻の奥がツンと痛くなったけれど、わたしは涙をこらえた。  今は絶対、泣きたくない。  きっと、まだ沙希先輩達が上から見ている。せめて門を出るまでは、シャキッと背筋を伸ばして歩きたい。  それくらいの強がり、わたしにだって――。 「萌ちゃーーん!」 「……」  ……この声は……。  ゆっくり振り返ると、恐れた通り、坂東先輩が無邪気に自転車を立ち漕ぎしながら追い掛けてくるのが見えた。  ……先輩……。タイミング……。 「意外と足、速いね!」  あっという間に追いついて来た先輩は、嬉しそうに声を弾ませた。  恐る恐る校舎の二階の窓を振り返ると――。  ……いない……。  沙希先輩の姿がない事を確認し、わたしはほっと胸を撫で下ろした。  先輩と仲良く話しているところを見られたら、今度はきっとサドルでは済まない。
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