174657人が本棚に入れています
本棚に追加
「いいわね、青春て。……35を超えると、遠すぎて思い出せないもんだわ」
先生はあはは、と笑って、わたしの横をすっと通り過ぎた。
お風呂上りのような香水の香りが微かに残る。
わたしは、その場で俯いて立ち尽くしていた。
…あの人には、勝てない。
…どんなに頑張っても、…敵うはずがない。
わたしはフジコ先生の方を振り返らずに、ゆっくりと歩き始めた。
先輩も、慌てて横に並ぶ。
両側を商店に挟まれた狭い道を、駅が見えてくるまで、わたし達は無言で歩いた。
「……35歳過ぎって、……一体、いくつなんだろね。フジコ」
先輩が、小さな声で呟く。
それには答えず、わたしはそっと先輩の手を取った。
驚いてこちらを見る先輩を目の端に映して、前を向いたまま歩き続ける。
指を絡めると、先輩も戸惑いを振り払うかのように、少し強めにわたしの手を握り返した。
前方に見えてきた駅舎のガラス窓に、背後の夕日が反射している。
今日も、オレンジ色の太陽が眩しい。
夕焼けより紅く頬を染めた先輩の横顔を見上げると、ちくり、と胸が痛んだ。
――私は、最低だ。
最初のコメントを投稿しよう!