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書くのが疲れたのだと彼は言った。
それを聞いた俺は残念そうな顔をして、内心良い機会かもしれないと思った。
だらだらと続けていた書き物は、長編は必ずといっていい程完結した試しがない。
内容は面白そうだとは思ったけれど、最後までのプロットが出来ていないんだろう、途中からおかしな方向へと進むことが多い作品に、失礼ながら才能がないんじゃないかとさえ思っていた。
だからその話を聞いた俺は「それも一つの道だよ。長いことお疲れ」と思いが込められていない労いの言葉を口にした。
それを聞いた彼は、俺の心情を悟ったように苦笑している。
「どうすれば、完結させることが出来たんだろうね」
長年書いていた彼の疑問は、ずっとそれだった。
しかし書き物なんて小学生の作文以来書いていない俺に答えられるはずもなく、曖昧に流すことしか出来ない。
目の前で溜息を吐いた彼は席を立ち上がり、小さな部屋にある唯一の窓へと向かう。
彼の小説のように、俺と彼の付き合いも長い。
そんな彼を部屋に招くのも、もう何度目だろう。
色気のいの字も出ないくらい、彼とこの部屋で話したのは彼の書く小説か、流行の芸人の話くらいだ。
雨跡がついた窓に手をついた彼は、もう一度溜息を吐く。
その表情と動作が、疲れた印象なのに妙な色香を感じて、思わず目を伏せた。
そういう対象じゃないのに、初めて彼を意識した瞬間だった。
(きっと彼の話の所為だ)
彼が書く内容は全て男色ものの、特殊な物語だ。
初めて渡された時はどう反応していいか分からずに困ったが、読んでいく内に抵抗感は薄れて、短編だったそれを読み終えた時には読破した達成感に満たされていた。
きっとそこからだ。 同性を見る目が少し変わったのは。
気づいたその事に、俺は恥ずかしさを感じた。
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