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――1998年3月中旬――
街にはしぶとく北風が残り、大都会神戸の道路は人と車で溢れかえっている。
街はいつもと変わらない。しかし、塚原は変わった。
怪我が完治して退院後塚原は三浦と同じラーメン屋で住み込みで働き始めた。
カウンターの中で頭に黒いタオルを巻いて皿を洗う塚原。
店の引き戸が開く。
(塚原)
「いらっしゃいませ!!」
塚原がドスの効いた声を出す。睨むような目で入ってきたサラリーマンを見た。サラリーマンが怯えた表情で入店を躊躇った。
真面目に働きだしてもこれだけは直らない。こびりついた「なごり」一応言っておくが、塚原に悪気は一切ない。
奥で麺を茹でる色白で面長の男が訛りのある日本語で言った。
「こら塚原。何度言えばわかるか。お客様にはスマイルよスマイル」
店長の李はいつも塚原に怒鳴る。
カウンター内に居る三浦が李の肩を揉んだ。
(三浦)
「まぁまぁ店長。塚原兄貴も今、一生懸命仕事覚えよる最中やから」
塚原は「ふん」と言って口を尖らせる。その表情はかつて孤狼と呼ばれていた頃の面影はなく、まるで子供が拗ねているように見えた。
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