序章 始まりの鐘

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 8月10日。イタリアの変わりやすい天候は土砂降りの雨だった。雨に濡れながら走って帰る人々の中、一人この季節に似つかわしくない長いコート姿の男が傘も差さずに歩いていた。  男は人気のない路地に入ると、少し歩いたところの左側に小さなこじゃれたバーを見つけ、ずぶ濡れのまま入った。バーの中はガラガラで、つーんと刺す酒の匂いは気にならないが、バーの奥のあまり人気のない席に座っている男を探していたかのように見つめ、近付いていった。 「遅かったね。待ちくたびれたよ」 「すまない」  濡れた髪を払いながら男はコートを脱ぎ、向かい側の席に座った。徐に内ポケットにしまっておいた紙束をテーブルに滑らせ、渡した。
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