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誘惑されたい…。
もっと大胆にきてくれてもいいくらい。
俺にふれて。
背中に腕を回してその身を俺の腕に預けて。
恭平に邪魔されて、俺はもう一度、同じようなチャンスを狙って実家に留まった。
悪くは思われていない。
彼女の好みじゃなくても、いけないことはない。たぶん。
されど、やはり変わらず偶然にしか彼女には会えない。
なかなかないから偶然だ。
必然に変えてやろうと、日曜の昼間、彼女がきていることを知っていて、彼女の稽古が終わるのを待つように、縁側で転がる。
気がついたら眠っていた。
通りすがりに声をかけて引き留めるつもりでいたのに、起きたら仕事にいく時間なんていうのはザラで。
彼女にはなかなか会えない。
それを繰り返して、夏の終わり。
仕事も今日は休み。
今日こそはと意気込んで、また眠っていた。
起きたら、着物教室の女の子の膝の上。
「あ。桔平さん、起きました?勝手に膝枕しちゃいました」
なんて。
いや、いいんだけど。
望んだ相手ではない落胆もある。
それでも、俺にかまってもらいたがってるその様子はかわいく思うし、少しくらい遊んでやろうと、腕をその子の頭の後ろにのばして。
その顔を引き寄せてキス。
女性の着物姿が好きとは言わない。
だったら、着物教室の子はみんな着物だ。
求めるような目を見せられて、少し起き上がって、その顎から首へキスを…と思ったところで、視線を感じた。
顔をあげると、こっちを見ていたのは芳乃さんで。
俺は慌てて女の子から離れる。
芳乃さんはようやく通れるとでもいうように、その縁側を歩く。
声をかけたくても、かけられない。
見られた。
一番見られたくない相手に見られた。
彼女は軽く会釈をして通りすぎていく。
待って。
俺が会いたかったのは…って、心の中で声をかけても、意味もない。
そういう男なのだと思われただろう。
そういう男…ではあるけど。
彼女に対してだけは違う。
俺はまた夏だけの帰省のように、一人暮らしの家に泣く泣く帰るしかなかった。
自分がしたのに…、胸が痛い。
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