第二章 平穏の終わり

5/6
前へ
/708ページ
次へ
 日も沈んだ頃合いに響き渡るのは、一人の男が樹齢不詳の幹に額を打ち付けた、殴打音だった。  ヒリヒリと痛む頭を抱えながらうずくまるパートは、己自身の軽率な行動を呪っていた。 (何だって俺は、あの二人尾行するなんて思い付いたんだ…?)  十数年想いつづけた女性が、目の前で別の男とイチャついている光景を目の当たりにして、平静でいられる道理は無い。  とりあえず、額に走る痛みで正気に返ったパートは、その場で膝を抱えて座り込みたくなる衝動を押さえ込んだ。 「…はぁ。何がしたいのか、自分でも分からなくなってくるぜ」  パートは呟くと、その場に仰向けになって倒れ込んだ。  見上げた先には、緑の切れ間から覗く星空が浮かんでいる。村の篝火もここまでは届かず、輝きが目に痛いほど鮮やかだった。  だが、その痛みを理由に泣き喚くには、彼は大人であり過ぎた。 (俺は…何でこうなっちまったんだ? どこかで、何かを間違えたのか?)  その疑問に答えはない。  何を考えることも苦痛を感じはじめたパートは、思考を放棄して星空を見上げる。  異変は、そこから始まっていた。 「…あ?」  手の届くはずもない星空が、割れた。  そう表現する以外にない光景が、視界の先に広がっていたのである。  更にはその亀裂をくぐり抜け、流星の如く流れ落ちる多くの光が、地上目掛けて突き刺さる事態となる。  空気を裂いて大地へと達した輝きは、自らを知らしめるかのように、衝撃と粉塵を巻き散らす。  酒の酔いなど一瞬で覚めて、頭痛を抱えたまま飛び起きるパート。 「おいおい…何事だよこれは…!?」  断続的に響く衝撃に煽られ、取り乱すパート。  無理もない事態であったが、それでは何一つ解決しない。パートは自らを奮い立たせ、頬を叩いて気を入れ直した。 (…事情は分からんままだが、とにかく村へ戻って状況を…いや、待て!)  引き返そうとした、その足が止まる。今この場で、事態に巻き込まれているであろう者たちに、意識が向いてしまったからである。 (リブラ…アル! あいつら、巻き込まれてないだろうな…?)  リブラはともかく、アルベインがこの状況に右往左往する姿は、パートには想像出来なかった。  だが、同行者に気を取られて下手を打つ可能性は捨て切れない。  それが分かるほどには、彼女の在り方を見続けていたのだから。
/708ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加