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アルベインはリブラを抱き抱えた姿勢のまま、突如切り替わった場の空気に目を細めた。
彼の意識の変化を敏感に感じ取ったリブラも、不安を隠しきれない表情を浮かべた。
「…何の音?」
リブラの問いに対する答えを、アルベインは持ち合わせていない。
彼女を下ろし、改めて周囲に意識を向ける。断続的に続いている衝撃音は変わらず、それどころか自分達に近付いているようにさえ思える。
(落盤か? いや、それにしては一つ一つの音が単調過ぎる)
聞き慣れない音の応酬に警戒して、身動きを取れなくなってしまう二人。
そこで、明らかに自分達に向けられた何かに気付いた。
無遠慮と言うのは生易しい。底冷えするほどの鋭い視線にアルベインの背筋にが凍り付いた。
(野性の獣の群…? しかし、それではこの音を説明できない。何か、想定の範囲を超えた事態に陥っている、か)
冷静に分析している余裕など、本来の彼にはない。ただ、傍らに不安げに寄り添う少女の存在が、アルベインに安易な妥協を許さなかった。
「アル君…大丈夫だよね?」
突然の事態に、思考が追いつかないのだろう。縋り付くように問い掛けてくるリブラに対して、アルベインはぎこちない笑みを浮かべるのが精一杯だった。
「…そんな顔をするな。俺はお前の泣き顔を見るために、答えを出したわけじゃない」
頭に手を添える。不安に震えていた身体が次第に落ち着いて行くのが伝わってきた。
「守るぞ。お前も、お前の笑顔も」
自身でも驚く程にはっきりと告げられた言葉。
リブラの表情から緊張感が薄れ、僅かな笑みが零れた。
「…うん。ありがとう、アル君」
その笑顔を守りたい。そう、強く思うアルベインだった。
その時。
「…ッ!? 伏せろ、リブラッ!」
叫ぶと同時に飛び込んだアルベインは、棒立ちのままだったリブラを押し倒す。
彼女の背後から迫っていた”何か”が、アルベインの片口を掠めて通り過ぎた。
(何…だ!? 身体の内から、ごっそり持って行かれるような、この感覚…こいつは…マズイッ!!)
表情からも血の気が引いている。まるで、精神そのものを傷付けられた様子である。
そして、その印象は半分正解だった。
二人の視線は、たった今通り抜けた存在を追っている。そしてそこには、獣らしきものが鎮座していた。
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