第三章 異界の獣

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 表現が曖昧なのには、相応の理由がある。 「…狼?」 「見た目はな。だが、こいつは…何なんだ?」  リブラの言う通り、そこに鎮座する存在を分類するなら、狼と呼ぶのが最も適しているだろう。しかし、それはあくまで外観的特徴から連想できる、という話でしかない。 (大きさ…は、この際置いといても。狼に似た何か、という印象が消えない。何故だ?)  人間を上回る体格に、警戒するどころか敵意を剥き出しにして、今にも飛び掛かりそうな獣。  まっとうな状況でないのは確かにだが、それ以上に大きな違和感を、アルベインは抱いていた。  緊張に、僅かに息を吐き出したその瞬間、閃くものがあった。 (呼吸をしてない…のか?)  獲物を前に、興奮した状態の獣から、当然乱れるであろう呼吸の音が、肌に感じられなかったのである。  形として存在するものを、生物として認識できない。それがアルベインが感じた、違和感の正体であった。 「…お前は、何なんだ?」  曖昧な疑問は、そのまま言葉となって紡がれた。  返る言葉はない。しかし僅かに身を低くしたその様子から、明らかな敵対意識を察することは出来た。  次の行動を決めるには、それで充分である。 「…リブラ。俺が合図したら、全力で村へ走れ」 「そ、そんな…!」  一人になる不安に負け、縋り付こうとするリブラ。アルベインはその甘えを許さず、手で制しながら言葉を続けた。 「今は、身の安全だけを考えろ。お前と俺、どちらが欠けても、俺は約束を果たせない」  視線を合わせてやることも出来ない状況が歯痒い。背中に突き刺さるような視線は、アルベインの提案を受け入れ難い雰囲気を如実に伝えてくる。  それでも、外ならぬリブラの身の安全の為に、目前の獣からは目を逸らせなかったのである。 (…腕は動く。肩の傷は深刻なものじゃない、か)  その事実に安堵するも、別の問題に眉を寄せる。 (身体が、異様に重い…! さっき噛まれた時から、妙だと思っていたが…毒か?)  その考えが正しいか否かを判断できる要素はない。理解できるのは、感じる脱力感が、疲労の延長線上であるという、感覚的な情報だけだ。 (噛まれて、体力を奪われたようなものか…いずれにせよ、俺が一緒では村に辿り着く前に追い付かれるのは、確実だな)  だからこそ、リブラを先に安全域まで避難させる必要性を感じていたのである。
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