第三章 異界の獣

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 アルベインの思惑を感じ取ったのか、或いは鬼気迫る様子に気圧されたのか。  いずれにせよ、このまま傍観していられる状況ではないと悟ったのだろう。リブラは躊躇を振り払い、口を開く。 「…わかった。私、村に戻る。アル君…大丈夫、だよね?」 「ああ、行け。すぐに追い付くから」  ゆっくりと後ずさる気配を感じたアルベインは、そのまま向き合っていた獣に向けて一歩踏み出す。 (…まだ間合いの外、ってことか。気を引く必要があるとは言え、迂闊に近付きたくない所だが)  周囲を探り、武器になりそうなものを探す。迂闊に拾って相手を刺激するのは得策ではないが、いざという時に素手では心許ないのも確かである。  視界の隅に、自然に落ちたと思わしき木の枝が転がっていることに気付く。手を伸ばして届く距離ではないが、身体ごと飛び込めば或いは、と言ったところだろうか。 (迂闊に飛び出しても、機を逃しても、俺はやられるだろう。さて、どう動くか…)  未知の敵を前に、二の足を踏むアルベイン。状況は、どう転んでも自分の優位に傾くことは無い。 (このまま睨み合いだけで時間稼ぎできるなら、それも手の一つだが…)  希望的観測で挙げた一例は、次の瞬間却下されることになる。  獣の方が短気であったようだ。膠着状態に痺れを切らし、今にも飛び掛かろうと身を屈めた。 「…そう上手くはいかないものか…!」  獣が一足飛びで襲い掛かったのと、アルベインが咄嗟にその身を投げ出して伏せたのはほぼ同時。突風が耳元を通り過ぎるような音を感じながらも、飛び込んだ先に転がっていた木の枝を掴み、素早く身を起こし、振り返る。 「…ッ!?」  その視界に、大きく開かれた顎が飛び込んできた。切り替えしが早過ぎる。  アルベインは手にした木の枝を、咄嗟に突き出していた。  しかし。 「な…に?」  繰り出した攻撃に手応えがない。それをすり抜けて迫る牙は、あっさりとアルベインの喉元に到達した。 (…あぁ。これは死んだな)  自分でも驚くほど冷静に現実を受け入れるアルベイン。  次の瞬間。首に焼け付くような痛みを感じた彼の意識は、唐突に失われたのである。
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