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後ろ髪を引かれる思いで、リブラは樹海の中を駆け抜けていた。
(村へ帰らなくちゃ…村へ…!)
余計なことは考えれば、足が止まる。それを自覚しているからこそ、リブラは脇目も振らず、ひたすらに走り続けていた。
しかしそれも、視界の端を過ぎった光の軌跡を捉えた瞬間までだった。
(…ッ!?)
反射的に足を止めたリブラの正面に立ちはだかるのは、やはり獣。しかしそれが狼ではないことに、僅かばかりの安堵感を覚えていた。
(アル君の所に居るのとは違う…ならきっと、まだ無事でいてくれてる…!)
折れそうになる心を支えるために、リブラはそれ以上の考えを放棄する。
(今は、自分のことを考えないと…!)
アルベインとの再会を果たす為に、リブラ自身が犠牲になるわけにもいかない。
足の震えを必死に抑えながら、目の前の脅威から目を背けないリブラ。アルベインに倣って不用意な行動を避けて、静かに様子を伺い始める。
そして改めて、目前に現れた獣を凝視した。
(蜥蜴…じゃないよね。背中に羽みたいなものが付いてるし…)
爬虫類を思わせる姿だが、その大きさはリブラより一回り大きい。視認の通り、羽と思わしきものが背中に畳まれているようで、広げればその身体を丸々と包み込んでしまいそうだ。
(…身体の震えが止まらない。怖い…怖い…!)
荒事とは無縁の生活を送ってきたリブラが、今の状況に取り乱すのは当然だ。
しかし現実という名の脅威は、そんな事情などお構い無しに牙を剥く。
獣は身を屈めて顎を大きく開くと、リブラ目掛けて襲い掛かった。
「…ッ!?」
それはリブラの動態視力では追い切れない動き。隙を伺って身構えた筈の彼女の知覚を超えて、致命的なまでに鋭い一撃が迫る。
「危ねぇッ!!」
そんなリブラの身体に、横から割り込んだ人影が覆いかぶさった。抗いようもなく押し倒されたが、おかげで迫っていた一撃は空を切った。
「…パート、君?」
リブラのつぶやきに、答えは返らない。パートは素早く起き上がると、思考が追い付いていない彼女を強引に立ち上がらせた。
通り過ぎていた獣は切り替えして、即座に飛び掛かれる体制のまま制止している。突然の乱入者に警戒しているのだろう。
「…お前一人か? アルはどうしたんだ?」
リブラは一拍遅れで、振り返らずに問われた言葉が自分に向けられたものと気付く。
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