第三章 異界の獣

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 後ろ髪を引かれる思いで、リブラは樹海の中を駆け抜けていた。 (村へ帰らなくちゃ…村へ…!)  余計なことは考えれば、足が止まる。それを自覚しているからこそ、リブラは脇目も振らず、ひたすらに走り続けていた。  しかしそれも、視界の端を過ぎった光の軌跡を捉えた瞬間までだった。 (…ッ!?)  反射的に足を止めたリブラの正面に立ちはだかるのは、やはり獣。しかしそれが狼ではないことに、僅かばかりの安堵感を覚えていた。 (アル君の所に居るのとは違う…ならきっと、まだ無事でいてくれてる…!)  折れそうになる心を支えるために、リブラはそれ以上の考えを放棄する。 (今は、自分のことを考えないと…!)  アルベインとの再会を果たす為に、リブラ自身が犠牲になるわけにもいかない。  足の震えを必死に抑えながら、目の前の脅威から目を背けないリブラ。アルベインに倣って不用意な行動を避けて、静かに様子を伺い始める。  そして改めて、目前に現れた獣を凝視した。 (蜥蜴…じゃないよね。背中に羽みたいなものが付いてるし…)  爬虫類を思わせる姿だが、その大きさはリブラより一回り大きい。視認の通り、羽と思わしきものが背中に畳まれているようで、広げればその身体を丸々と包み込んでしまいそうだ。 (…身体の震えが止まらない。怖い…怖い…!)  荒事とは無縁の生活を送ってきたリブラが、今の状況に取り乱すのは当然だ。  しかし現実という名の脅威は、そんな事情などお構い無しに牙を剥く。  獣は身を屈めて顎を大きく開くと、リブラ目掛けて襲い掛かった。 「…ッ!?」  それはリブラの動態視力では追い切れない動き。隙を伺って身構えた筈の彼女の知覚を超えて、致命的なまでに鋭い一撃が迫る。 「危ねぇッ!!」  そんなリブラの身体に、横から割り込んだ人影が覆いかぶさった。抗いようもなく押し倒されたが、おかげで迫っていた一撃は空を切った。 「…パート、君?」  リブラのつぶやきに、答えは返らない。パートは素早く起き上がると、思考が追い付いていない彼女を強引に立ち上がらせた。  通り過ぎていた獣は切り替えして、即座に飛び掛かれる体制のまま制止している。突然の乱入者に警戒しているのだろう。 「…お前一人か? アルはどうしたんだ?」  リブラは一拍遅れで、振り返らずに問われた言葉が自分に向けられたものと気付く。
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