序章 幼き日の約束

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 それが不味かったと気付いたのが口にした後では、時すでに遅しと言うべきなのか。  少し落ち着いたかに見えた少女の顔が見る見るうちに泣き顔に歪み、同時に噴き出したと思わしき怒りの感情を込めて声を荒げた。 「……じゃあ、やだ! わたし、ずっと半人前でいる!」  困惑を更に深める少年の顔を、睨み付ける少女の瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうである。  焦りさえ覚え始め、少年はただうろたえるばかりだった。 「お、おいおい何言ってるんだ。そんなこと言ったら、集落の皆にも迷惑かかるんだぞ?」 「だって……だって、ずっと一緒がいいもん!」  はっきりと告げられたその一言に、少年はただ圧倒され、硬直した。  言葉の意味をはっきりと理解できなかったという面もあるが、それ以上に自身に向けられたストレートな感情表現だったが故に圧倒されてしまった、ということである。  ただ、少年にしてみれば単に返すべき言葉を見失っただけという状況は、短いながらも場の沈黙をもたらしたという一点に置いて、少女に別方向の解釈をさせることとなったのは、或いは仕方のないことと言えるだろう。 「さっきみたいに意地悪なこと言われたって、いい! お別れしたり、知らんぷりされるより、ずっと一緒にいる方がいいの!」  留まることを忘れた感情が、涙という形で瞳から零れて頬を伝い、滴り落ちた。  普段からの押しの弱さ故に、自分の気持ちを抱え込んでしまいがちな少女が口にした精一杯の我儘は、自身を庇護してくれる存在に対する依存心が半分。  しかしもう半分はそうした理屈を超えた、純粋な慕情なのだろう。  そんな真っ直ぐ過ぎる想いをぶつけられる形となった少年は、返すべき言葉を完全に見失っていた。  ただ1つ、自分に向けられた感情が好意であろうことは、如何に異性の心の機微に疎い彼であっても理解出来たようだ。 (ずっと……か。オレだって考えなかったわけじゃないけど、なに一つ変わらないまま……とは、いかないんだな)  少年が少女に対して心に大きく占めるものは、どこか危なっかしい彼女に対する庇護、すなわち保護対象に対する感情に過ぎない。  それ以上の想いを抱くには彼が幼過ぎた面もあるだろうが、普段から顔を突き合わせてきたことが仇となり、身近過ぎる存在として認識していたという事実も原因の一つだろう。
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