序章 幼き日の約束

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 2人の関係性を変えたいと思うに至る、切っ掛けそのものを欠如させてしまう程の近すぎる距離感が、彼に今この瞬間、自らの答えを決めることを躊躇わせていたのである。  それは問い掛けに対して真摯に答えようとする、彼自身の決意の顕れであると同時に、言葉を詰まらせるという行為を現実的な解釈される、決定的な時間の空白ともなり得た。  故に。 「……アル君は、わたしのこと嫌い?」  返って少女の不信感を煽る結果となってしまった事実と、自らに向けられることになった不安の視線から、少年はその率直に過ぎる指摘から逃げることを許されないまま絶句した。  それは少年の心の根幹を揺さぶる程の衝撃を伴うもので、身を震わせながら上目遣いに見据えてくる少女から感じる圧力に対して、自らの思考回路が真っ白になる感覚を抱いたのである。 (その質問は……反則だろ)  退路を断った上で最も重要な論点を引きずり出す思惑すら感じられるシンプルな問い掛けが、そうした裏など全くない純粋な気持ちから紡がれたであろうことは、少年も疑っていない。  だがそれはそれとして、今この場で質問の答えを保留したり長引かせたりすれば、確実に後に尾を引く問題になるだろうということは、少年も本能的に理解せざるを得なかった。  何故なら、そのいずれの行動も悪い方面の肯定に捉えられる可能性があり、下手をすれば余計に少女を傷つける事態にもなりかねないからである。  そして、それを"望まない"というのが結論であるというなら、少なくとも少年にとっての少女という存在は、嫌悪を始めとした否定的な感情を抱く相手では決してない、ということだ。  それならばと、少年は意を決した様子で視線を落とし、手元にあるほぼ完成していた"それ"の作業を再開する。 「……アル、くん?」  少年の視線が自分から背けられたことに不安を覚えながら、俯いた彼の顔色を覗こうと僅かに身を乗り出す少女。  その様子には若干の焦燥を覚えながら、それでも苦笑を伴いつつ作業を加速させ、然したる時間を必要ともせずに"それ"は少年の手の中で完成した。 「……嫌っているやつにせがまれて、こんなもの作ったりするかよ」  顔を上げ、少女に向けてその手を掲げて見せる少年の手にあるもの。  それは少女にせがまれて作り上げた作品、この場に咲き誇る色とりどりの花で作り上げた花冠であった。
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