序章 幼き日の約束

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「だから、ね。今は無理だけど、いつか……大きくなったら」  その言葉の先は聞きたくないと思ったのか、或いは言わせたくないと思ったのか。  何かを言葉にして伝えなければならない衝動に駆られたのはいずれかの理由であろうが、未だに少年の心の迷いは晴れないどころか、突き刺さった言葉の痛みに圧倒されたまま、指一本の先端さえ動かせないと錯覚する程に追い詰められていた。  そんな心理状況であれば、口を挟もうとしたところでまともに言葉を紡げる筈も無い。  故に。 「大きくなったら、私……アル君のお嫁さんになる!」  気恥ずかしさと、涙と、笑顔の入り混じった少女の決意の言葉は、棒立ちになったままの少年にはっきりと伝えられた。  自分に向けられた純粋な気持ちに真っ向から向き合うだけの度胸も、それを受け流すだけの経験もないのであれば、無防備な心に叩き付けられた気持ちには圧倒されるしかない。  対峙する少女以上に真っ赤に染まっているであろう自分自身の顔を自覚しながら、少年は生まれて初めて、本気で他人と向き合うという行為の難しさと、その必要性を否応なく思い知らされたのである。
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