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歌姫と歌声
笛吹きは気まぐれで拾い上げた自分だけの歌姫に、簡単な歌を教えた。歌姫はたいそう呑み込みが早い。大きな目をぱちぱち瞬かせながら笛吹きの作った柔らかな旋律をひとつひとつ丁寧に自分に刻み込んだ。さて、と笛吹きは試すように笛を構えた。
「お前の歌声を俺に聞かせるんだ」
笛吹きの奏でる旋律はそれはそれは美しく、通りすがりの行商夫婦が立ち止まるほど。柔らかでしとやかで、なのに力強い音の螺旋。笛吹きはさり気なく歌声に視線をやった。歌声は、たどたどしいけれど旋律に重ねるように小さな歌声を重ねる。
「まあ、まあ!」
「なんて素晴らしい演奏なんだ!」
たちまち行商夫婦は感嘆する。歌姫の歌声は笛吹きの音色にたいそう調和して、聴く人々の体を包み込むよう。気付かぬうちに二人を取り囲むように聴衆が増えていた。笛吹きが教えたのは簡単な曲だったから、演奏はあっという間に終わってしまったのだけれども、拍手はずっとずっと鳴り止まない。歌姫は首を傾げていたが、笛吹きはにこにこと笑っていた。
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