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歌姫と指先
真夜中の小さな演奏会は、不意に歌声が止んだせいで終わってしまった。笛吹きも緩やかに演奏を止めて、歌姫に視線を寄越す。歌姫は静かに泣いている。
「どうして泣くんだ」
「やさしいからよ」
「やさしい?」
「嬉しいからよ」
「どうして」
「あなたの瞳にわたしが映るから」
笛吹きは結局わかっちゃいなかった。歌姫にとって本当に、本当に笛吹きが全てだったということ。あんなにも冷たい出来事があっても、歌姫は笛吹きの側にいること以外知らなかったこと。笛吹きはやっと、そんな簡単なことを理解できた。
「泣くな、心臓に悪い」
笛吹きが指先で、たどたどしく歌姫の涙を拭った。じんわりと心地よい痛みが笛吹きの心に広がる。それはきっと、歌姫も同じ。
「あなたも泣いているわ」
「泣いてなんかいない」
「いいえ、泣いているわ」
笛吹きは涙を流してなんかいないけれど、歌姫は笛吹きの真似をして指先で涙を拭う真似をした。
妙にくすぐったくて。
二人で、そっと、囁くように。
笑い合う。
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