歌姫と指先

1/1
前へ
/15ページ
次へ

歌姫と指先

 真夜中の小さな演奏会は、不意に歌声が止んだせいで終わってしまった。笛吹きも緩やかに演奏を止めて、歌姫に視線を寄越す。歌姫は静かに泣いている。 「どうして泣くんだ」 「やさしいからよ」 「やさしい?」 「嬉しいからよ」 「どうして」 「あなたの瞳にわたしが映るから」  笛吹きは結局わかっちゃいなかった。歌姫にとって本当に、本当に笛吹きが全てだったということ。あんなにも冷たい出来事があっても、歌姫は笛吹きの側にいること以外知らなかったこと。笛吹きはやっと、そんな簡単なことを理解できた。 「泣くな、心臓に悪い」  笛吹きが指先で、たどたどしく歌姫の涙を拭った。じんわりと心地よい痛みが笛吹きの心に広がる。それはきっと、歌姫も同じ。 「あなたも泣いているわ」 「泣いてなんかいない」 「いいえ、泣いているわ」  笛吹きは涙を流してなんかいないけれど、歌姫は笛吹きの真似をして指先で涙を拭う真似をした。  妙にくすぐったくて。  二人で、そっと、囁くように。  笑い合う。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加