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歌姫と真夜中
「ねえ、歌いたいわ」
「どうして。こんな真夜中に」
「夜に歌ったことがないもの」
「なら歌えばいい」
「あなたの笛と歌いたいわ」
「俺は吹かないよ」
「どうして?」
「何も生まないからに決まってる」
「優しい音色が生まれるわ」
「はは、お前も騙されているのか」
「騙されてる?」
「わからないならそれで良い」
「ねえ、わたし、歌いたいわ」
「だから歌えばいいさ」
「嫌よ、あなたと歌いたいのよ」
「しつこいな。俺はもう眠る」
「こんなに月が綺麗なのに」
「知ったことか。明日は早くから演奏会があるんだ」
「そりゃあ、演奏会も好きだけれど」
「なら良いだろう。お前も、早く眠るんだな」
「でもわたし、あなたの為だけに歌いたいのよ」
「歌っているじゃないか」
「歌っていないわ。あなたはわたしを見てくれないもの」
「見ているだろう」
「いいえ、あなたの瞳にわたしが映ったことがないの」
「何が言いたい」
「あなたにとってわたしは、なあに?」
「…………」
「ねえ、あなたにとってわたしは」
「煩いな。どうでも良いことだ」
「そんなことないわ」
「お休み。俺はこれ以上くだらない押し問答に答える気はない」
「……」
「お休み、俺の歌姫」
「…………ええ、お休みなさい」
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