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ある町の外れに、三人で暮らす兄妹がいた。兄は「千太郎」と「君彦」という名前の青年、妹は「つつじ」という名の少女だった。
長男の千太郎は、30になったばかり。野放図を絵に描いたような男で、いつもぼさぼさの頭に洒落たデザインの帽子を浅く被っていた。西欧風の格好で町を練り歩いては、好奇の眼差しで見られる事を好んだ。町の工場へ勤めていて、週に5日は働きに出るので、三人兄弟は千太郎の稼ぎで暮らしていた。
次男の君彦は、25歳。めっぽう真面目な青年で、何よりも不道徳というものを嫌った。書物をよく読み、将来は医者になることを夢見ていた。外に出ることはめったに無かったので、真夏でも病的なまでに白い肌をしていた。
末の妹のつつじは、17歳。小麦色の肌をした、健康的な少女であった。兄らの言うことをよく聞き、よく働き、それからよく笑った。つつじは多くの場合家にいて、家事をしていた。赤茶けた長い髪を揺らしながら、二人の兄の為にと、家の中できびきび動いた。
三人兄妹は、それぞれにタイプは違えど、みなようように美しい顔をしていた。千太郎はたくましい精悍な顔つきを、君彦は線の細い整った顔つきを、そしてつつじは、一見は普通の少女なのだけれども、少し違って見てみると、それはそれは妖艶に見えた。
三人兄弟の母親は、弱った体でつつじを産んだ為に亡くなった。千太郎が13に、君彦が8つになった寒い朝だった。
「千太郎、君彦、つつじをまもりなさい。三人で慎ましやかに暮らしなさい。あなた達のことは神が見ていますからね」
そう言い残して死んだ母親は、敬虔なクリスチャンだった。そのため兄妹達も、それが当然のように敬虔なクリスチャンになった。兄妹達は夕食の前には、首から下げたキリストに祈り、日々自分たちが慎ましく暮らせる事に感謝した。
千太郎は、「神さま。わたしが生まれた後に、こんなにすばらしい弟と妹をおつくりくださり、ありがとうございます」と。
君彦は、「神さま、私を一人ぽっちにせず、三人の兄妹にしてくださり、ありがとうございます」と。
つつじは、「神さま、こんなにすばらしい兄を二人もわたしにおつくりくださり、ありがとうございます」と。
三人はいつでも互いを敬いあい、愛しあった。それが、一番しあわせに生きてゆける方法だったのである。
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