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東京南部一の繁華街と言っても、九時を過ぎれば静かなものである。
環状線からその繁華街へと向かっていたボクは、途中で煙草を買うためにコンビニに立ち寄ることとなった。
「いらっしゃいませ…」
レジにいた店員はボクを一瞥するとまた目を落とし、書類に勤しんでいる。ボクは一抹の不快感を抱きつつもレジに近づく。
「すいません、マルボロ…」
店員は小さく答えてすぐにマルボロの箱を掴んだ。ボクは小銭を出すのに四苦八苦していたが、それをすました顔で店員は見ている。こういう時の冷や汗はボクが一番嫌いだった。いつもそうだ。レジで注文や会計をするだけで汗を一気に吹き出させて、一体何が恥ずかしいのか分からない。
外の空気は一段と冷え込んでいて、空はその口を大きく広げている。春なのに…そう呟いて、バイクのエンジンを吹かしてみる。
ボクの彼女が勤めている雑貨屋は、そんな寒空の自由が丘の端にあった。一本裏に入った、有名になりつつあるラーメン屋の通り沿いである。店はガラス張りで、ボクが店に着いたときに彼女と店長は奥の部屋でミシンに励んでいた。
店長の方が早く気づき、ボクを手招く。彼女も顔を上げたいのだろうが、ミシンが終わっていないようだった。
「毎日毎日ごくろうさまだね」
店長は気前のいい人である。浅草の下町出身は、ほどよい人情があって人を和ませるものである。
「…ちゃん、もうあがっていいよ。明日の分もできたし。さ、彼氏待たせちゃいかんよ!」
彼女はボクをちらっと見て、それから店長にお辞儀した。ボクはすでに店に外気を入れている。
「ファミレス、行く?」
ヘルメットを被る前に彼女に尋ねると、小さくこくんと頷いた。そう、ボクも呟いてバイクに股がった。
バイクの震動や爆音は走れば気持ちがいいものだが、周囲にそれを撒き散らすのはいただけないと思い静かなバイクを選んだ。しかし、ボクにしがみつく彼女は今何を思うのだろうか。これからボクが話したいこと、知ってもらいたいこと、許して欲しいこと、一体誰が想像するだろう?
ファミレス迄の道はそう混んではいなかったが、ボクはまだ自分の事を話すのに躊躇っている。彼女との、社会との、あらゆる接点の関係が破壊されても、果たしてボクは生きていけるだろうか?
ファミレスもそう混んでいなかった。普段なら珍しいかもしれない。
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