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「はい、まことに清(すが)しきことにございますな。」
はぐらかされてしまったか…
隆家は釈然としないまま相槌を打った。
元春と轡を並べて幾多の戦場を巡ってきた隆家には、この毛利軍切っての猛将の考えていることに、おおよその見当がついている。
山中幸盛のことであろう…
と当たりを着けてはいるが、何故それほど気にするかまでは分からない。
安芸国で戦評定のおり、元就が、
「出雲を乱せしは、山中幸盛である。」
と説明した。
尼子軍を実質的に統率しているのは、鹿介である、と云うのだ。
それを聞いた元春は、周囲の諸将が驚くような大声で、
「我等は、山陰山陽に十一州を屈するも、鹿介一人を屈する能わざるか!」
と慨嘆した。
実際にはこの時、十一州を支配していたわけでは無いが、毛利家の影響下にあることは明らかであったのだ。
その場に居合わせた隆家も、その余りに激しい敵愾心に、奇異の思いを抱いていたのだ。
永禄9年に月山富田城の落城に臨み、元春は鹿介を引見した。
鹿介が勇名を聞いて、家臣の末席にでも加えてやろう、と憐憫を垂れたのだ。
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