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【屍と伊達】
闇に飲まれた森の中、ただ月明かりだけが静かに木々を照らす。幻想的だと一言で表現してしまうのはあまりにも勿体無い、そんな景色。世界の色が全て反転してしまったような錯覚。伊達は杯を傾けて一口だけ、酒を喉に流し込んだ。ひゅうるりと、風が黒髪を揺らして流れ去って行く。
「君は人を殺したのか」
「嗚呼」
不意に感じた気配は人のものに非ず。森の主として生まれた屍は、森の主としてただこの場所にいるだけ。伊達はそれを理解していたし、今更驚くものではない。月を見ながら二つの生き物は静かだった。
「気分は」
「特に変わりはない」
「同族殺しだというのにか」
「お前にはわかるまい。同族のいないお前には」
「――嗚呼、そうだな」
二つの生き物は苦い笑みを貼り付けた。理解し合うことを伊達も屍も望んでいなかったし、それは元々不可能なことだった。だからこうして月を眺めて酒を飲む。それはゆるやかな時間だから。再び遠慮がちな風が二つの生き物の間を通り抜けると、屍は姿を消していた。伊達はまた一口だけ、流し込む。
「嗚呼、良い月だ」
誰に言うわけもなく。呟きは溶ける。
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