序章

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「母さん……?」 家の中に立ち込める血の臭い。闇に包まれ、静まり返っている室内。 その家の玄関に、一人の青年が立っていた。 彼はその状態に違和感を抱かざるを得なかった。 帰宅すると、「おかえり」の言葉と共にリビングから走ってきて出迎えてくれる優しい妹。そして、リビングの奥から来る母の料理の香りに胃を鳴らしながら「ただいま」と大声で言う。 「春奈……?」 少し時間を空けて父が帰ってきて、「疲れた」とぶっきらぼうに言いながら、笑顔で彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。 明るい部屋。明るい家庭。笑顔。そんな光景がこの家にはあった。 普段ならば。 今はその光景が何一つ無い。 突如として彼に襲い掛かる恐怖と不安。 玄関に部活のバックを静かに置き、ゆっくりとリビングへ歩いて行く。 床が体重で微かに軋み、音が廊下に反響する。そんな微かな音が聞き取れる程に静寂に満ちていた。 無音の家の中で、ドアが開かれる音が響く。 入った瞬間、鼻腔へ嗅ぎなられない異臭が入ってくる。額から気持ちの悪い冷や汗をかきながらリビングへと彼は入った。 ゆっくりと歩いていく。しかし、何も見えないので配置物にぶつかってしまう。 暗闇に苦戦、靴下に何かが染み込む。どこか生暖かいそれは彼の不安をより掻き立て、一つの答えが浮かび上がってきた。 入口に戻り、リビングを確認するため電気をつけた──── 「嘘──だろ?」 日常は崩れた。
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