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バサバサバサ ―――
右手に確かに感じていた至福の重みが、無数の鳩が舞い上がる羽音のような乾いた音と共に消え失せた。
瞬間、足を止める。
足元を見る。
叫ぶ。
「お、俺の宝がーーーーーーー!!!!」
ちなみにここは海でも川でも山でもない。
良く晴れた平和な日曜日の商店街。
元々許容量を守らずに詰め込んでいた紙袋はついに臨界点を突破してしまったらしく、無惨にも底から抜け落ち、男が「宝」と称していた大量の小冊子は、男の足元足場を埋め尽くすほど大量に散らばった。
普通の小冊子なら「大丈夫ですか?」と声を掛けてひろってくれる人も現れるだろう。
が、
ばらまかれたのはオタクのバイブル同人誌。
ネコ耳からメガネっこ。
ブルマ姿の女の子も居れば、すっかり全裸な美少女が描かれた表紙まで。
とにかくピンクで、少女のくせにやけに巨乳な女の子達が描かれた冊子が、辺り一面にばらまかれているのだ。
しかも、
183センチの身長を猫背に丸め、服装は今時ケミカルジーンズに赤と緑だか何色だかの訳解らないチェック系のアキバシャツをパンツイン。
すり切れた布製のリュックに、肩まで乱雑にのびた髪。
黒縁メガネをかけた、本当に漫画やアニメやドラマに出てきそうな、
純粋きわまりない超オタク男の足元に。
普通、引くだろう。
誰もが引くだろう。
引き潮のように、サーーーーっと引いていくだろう。
おかげでそこだけぽっかりと穴が空いたかのように、誰もいなくなってしまった。
しかし羞恥は感じない。
オタクにとって三次元なんてどーでもいいのだ。
後ろ指も、蔑まれた視線も、
そんなもんイチイチ気にしていたら美少女系アニメオタクなんて勤まらない!
今更何を恥じることがあるか!
それよりなにより!
せっかくの戦利品達に傷汚れがついたら大変だ!!
絵に描いたようなオタク男、
森本 有希(もりもと ゆき)は、
周りの視線などまったく気にするでもなく、
その場に両膝を突いて座り込むと、ばらまかれた同人誌を必死に拾い集め、
一冊一冊丁寧に拭きながら自分の腕の中に重ねていった。
「ああ汚れてるし!」「これじゃあヤフオクで売れねーよ」「とらあなで半額になっちまう」「メロンなら売れるかな?」「最悪K本で」などと、
呪いの呪文をブツブツ呟きながら。
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