序章

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男が甚内の傍に腰をおろす。 「名はなんと申されます?」 「これは失礼した…それがしは金杉甚内と申す…」 「甚内殿…わしは八平でございます」 「あれはわしの一人娘でお美代でございます」 お美代が粥を甚内に差し出す。 「甚内様…お食べになって下さい」 「かたじけない…」 頭を下げたまま、ジッと床の一点を見ている 「甚内様?」 床に一粒のしずくが落ちる。 甚内に伸ばしかけた手が止まる。 落ちたしみがじんわり広がり、その後にまたいくつかのしみが増えた。 お美代は最初ためらった。泣いていると言うより汗が落ちたと思った。 侍は、こんなにも静かに涙を流すものかと思った。 この傷ついた剣士の胸の中にどんな苦しみや葛藤がせめぎあっているのだろう…。 ―切なさが胸の中に広がり名状しがたい哀愁の渦が大きくなるのだった。
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