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『僕は…話だけでも、って聞いて…お願いされてここに来ました…』
最低だけど…僕はおっさんから貰った一万円札に釣られて、ついついここまで付いて来たんだ…ってことも説明した。
『…つまり、メイクされるなんて聞いてない。だからメイクはお断り…って事よね?』
アンナさんは、しっかりした口調で僕にそう言った。対して僕は…大きく頭を上下に振って、意思表示はっきりと《うん》…なんて頷けなかった…。
『…それとも…お金の問題?』
…お金の問題…。
僕の後ろに居たおっさんが、急に慌てて椅子に座る僕の目の前に廻り屈み、手を添え片膝を着いて僕の目を直視した。
『本当にごめんなさい。私が悪いのよね。お兄ちゃんをここまで連れてきて…こんな騙すような事になって…。だけど』
僕が、おっさんから一万円札を受け取って、自分の意思で付いてきて…それでも、僕がおっさんの事を悪いと…非難できる?わけがない。
『…ごめんなさい』
僕がおっさんに小さく言ったその言葉を完全に掻き消し、アンナさんの一言が室内に響いた。
『いいわ。分かったわ。幾ら欲しいの?…1万でも2万でも…10万でも…あなたの欲しい金額を私に提示して』
じゅ…10万って…!!
鏡に写るアンナさんの目は、今の発言に何の迷いもないことを僕に伝えた。
『今だったら、あなた…私から幾らでも稼げるわよ』
僕はその言葉にビビりながら、鏡の中のアンナさんを見た…真剣な眼差し。
『何でアンナさん…そこまでして?』
『今私はね…あなたという逸材を目の前にして、メイクアップのプロとしての魂が凄く燃えてるの。私の心身の全てが…作り上げたいって求めてる』
逸材?…《瀬ヶ池のメダカ》と呼ばれ笑われた、この僕が…?
…僕に10万円なんて価値無いし…。
『ねぇ…10万円だったら…ダメ?』
『いえ…要らないです。1円も』
『…えっ?』
『ごめんなさい。アンナさん。こんな僕なんかで良かったら、アンナさんの思うように…好きなように自由にやってください。ごめんなさい』
僕は後悔してた。アンナさんにお金の事なんか言わせてしまったことを。
『いいの?じゃ…改めてメイク、始めさせてもらうわ。ありがとう』
アンナさんの優しい《ありがとう》という言葉に…最低な僕も、少しは救われるような気がした…。
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