女装と復讐‐発起編‐

12/118
前へ
/467ページ
次へ
『僕は…話だけでも、って聞いて…お願いされてここに来ました…』 最低だけど…僕はおっさんから貰った一万円札に釣られて、ついついここまで付いて来たんだ…ってことも説明した。 『…つまり、メイクされるなんて聞いてない。だからメイクはお断り…って事よね?』 アンナさんは、しっかりした口調で僕にそう言った。対して僕は…大きく頭を上下に振って、意思表示はっきりと《うん》…なんて頷けなかった…。 『…それとも…お金の問題?』 …お金の問題…。 僕の後ろに居たおっさんが、急に慌てて椅子に座る僕の目の前に廻り屈み、手を添え片膝を着いて僕の目を直視した。 『本当にごめんなさい。私が悪いのよね。お兄ちゃんをここまで連れてきて…こんな騙すような事になって…。だけど』 僕が、おっさんから一万円札を受け取って、自分の意思で付いてきて…それでも、僕がおっさんの事を悪いと…非難できる?わけがない。 『…ごめんなさい』 僕がおっさんに小さく言ったその言葉を完全に掻き消し、アンナさんの一言が室内に響いた。 『いいわ。分かったわ。幾ら欲しいの?…1万でも2万でも…10万でも…あなたの欲しい金額を私に提示して』 じゅ…10万って…!! 鏡に写るアンナさんの目は、今の発言に何の迷いもないことを僕に伝えた。 『今だったら、あなた…私から幾らでも稼げるわよ』 僕はその言葉にビビりながら、鏡の中のアンナさんを見た…真剣な眼差し。 『何でアンナさん…そこまでして?』 『今私はね…あなたという逸材を目の前にして、メイクアップのプロとしての魂が凄く燃えてるの。私の心身の全てが…作り上げたいって求めてる』 逸材?…《瀬ヶ池のメダカ》と呼ばれ笑われた、この僕が…? …僕に10万円なんて価値無いし…。 『ねぇ…10万円だったら…ダメ?』 『いえ…要らないです。1円も』 『…えっ?』 『ごめんなさい。アンナさん。こんな僕なんかで良かったら、アンナさんの思うように…好きなように自由にやってください。ごめんなさい』 僕は後悔してた。アンナさんにお金の事なんか言わせてしまったことを。 『いいの?じゃ…改めてメイク、始めさせてもらうわ。ありがとう』 アンナさんの優しい《ありがとう》という言葉に…最低な僕も、少しは救われるような気がした…。
/467ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1301人が本棚に入れています
本棚に追加