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黄蓋が持ってくる魚を、孫堅は器用に頬張っていた。
口から出した骨に、身はひとつもついていない。
劉備や曹操たちの分は、黄蓋がほぐしていた。
「美味い。魚は、こんなに美味いのか」
「北の人間は魚をあまり食わないと聞く。どうだ、曹操殿。魚は、美味いだろう」
「うむ。どこにでも予想外にすごい、というものはあるのだな」
曹操がほほ笑んで、劉備を見た。
魚を静かに食している目の前の男は、なにを考えているのだろうか。
袁紹の褒美を受け取ることもしなかったという。
麾下に加われという諸侯の誘いも、すべて断っている。
天下というものが劉備には見えている、としか曹操には思えなかった。
「聞いたぞ、劉備殿。華雄に傷を負わせたらしいな」
「なに。あの華雄にか」
孫堅が驚いて、声をあげた。
劉備は微笑を浮かべ、夢中で出した剣刃が当たった、と答える。
「それでも、よく生き残った。華雄は董卓軍随一の将だったのだ。褒美は、なぜ受け取らん?」
「褒美は、陛下にいただければ、それで十分です」
「今の帝に、褒美をもらうためだけに、死線をくぐったのか?」
劉備は、肯いた。
天下が見えている、と思っていた。
だが、帝のためだと言う。
虚言とも思えない。
隣に座す孫堅も、驚いているようだった。
集まった十八の群雄のうち、何人が帝のために死線を越えるのか。
この男は、なんだ、と曹操は思った。
「帝の、いや、もっと言えば後漢の力は失墜したのだ、劉備殿。俺も、帝を守りたいとは思うが」
「そのために命を懸けたまでです。連合軍の者は、関係ありません。私は私の矜持のために、剣を握りました」
「後漢など滅びれば良い、と俺は思うぞ、劉備殿」
言ったのは孫堅だった。
空気が張り詰めた、と曹操には感じられた。
劉備の温厚そうな眼差しが、孫堅のほうを見る。
柔和だが、どこか冷たい、と思った。
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