六浪僻地をゆく

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「なんだ、おまえは」 悪党が間抜けな声で問う。 男は眼光鋭く、いきなり悪党の顔面を殴った。 悪党が周儀を手放し、顔を押えてうずくまる。 即座に蹴り飛ばし、店の壁に叩きつけられて、悪党は気を失ってしまった。 兄貴と叫ぶ子分たちに向かい、こやつを連れて帰れと叫んだ。 細身からは想像もできない怒号だった。 「なんだおまえ。よくもこんな真似を」 「義を見たのだ。貴様らこそよくもこのような真似をしてくれたな。無抵抗の子供連れを襲うなどと、人の風上にも置けぬ奴らよ」 髭の薄い顔で、大きく垂れた耳が特徴的な男だった。 呆然とする四人の傍らで、髭の男が腹を抱えて笑っていた。 悪党が剣を抜いた。 業物。 旅人から奪ったものだろうか、白く美しく輝いている。 耳郎(ジロウ)は瞳を小さくして、その剣先を見据えた。 かわす。 頬が切れた。 赤い血が舞う。 肘打ちが悪党の腹を襲う。 悶える男の後ろからもう一人が剣を振るい来る。 鳥は斬られると思わず目を瞑った。 「おい、なにやってるんだ、てめえ」 また違う声がした。 髭の男よりも大きいくらいの巨漢がそこにいた。 悪党の腕を掴み、片手で軽々と持ち上げていた。 燈はぎょっとした。 岩ほどあろうという悪党を持ち上げるのだ。 人間のそれとは思えなかった。 耳郎は笑んだ。 張飛(チョウヒ)と言った。 髭も生えていない若人(ワコウド)は、張飛と呼ばれていた。
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