六浪僻地をゆく

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しかし張飛は先ほどから何升平らげているのだろう。 赤くなる様子もなく、白湯を飲むように酒を飲んでいた。 鳥がまじまじと張飛を見る。 「なんだよ小娘。飲みたいのか」 「飲んでいるものは、水か」 「馬鹿言え。長江廬山で作られた上等老酒だぞ。俺だから水のように飲めるだけだ」 鳥はそこまで言われて、一口飲みたくなる。 張飛に頼むと、よし飲んでみなと渡される。 関羽が止める前に鳥が盃を飲み干した。 あっという間抜けな声が部屋に響いた。 「なんだこれ。変な味だ」 鳥はけろっとした顔で言う。 おおと張飛が笑い、小さいのに大した奴だなと上機嫌になる。 関羽に手を妬かせることも多いが、張飛もまた手を妬いたり可愛がったりするのが好きだった。 普段ない状況に、張飛も嬉しいのだろう。 鳥も、訳もわからず、笑む。 張飛を真似て、大口を開けて笑ってみた。 顎が外れそうなくらいのとびきりの笑みだった。 楽しい。 一拍遅れて酒が小さな体に、一気に回った。 くらっとする。 頭の中が溶けた。 頭蓋が融けた感覚に襲われて、頬が熱くなるのも手を触れなくてもわかった。 周儀の大丈夫かという声が遠くの方で聞こえた。 薄いもやがかかった声だった。 天が遠くなる。 仰向けになっていることすら、自分ではわからなかった。 鳥は思った。 これが酒なのかと。 こんなに愉快な飲み物は初めてだった。  
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