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曹操はすべて見ていた。
連戦連勝を重ね、勢いを増していた華雄を破った。
劉備は、圧倒的に不利な状況を覆した。
関羽が、戦の帰趨を変えたように見えるが、実はちがう。
劉備が、勝利をもぎ取ったのだ。
劉備軍の兵に話を聞くと、劉備がすれ違い様に華雄のわき腹を斬ったと言う。
微笑を浮かべて、おどけて見せるような男ではない、というのはわかっていたつもりだ。
しかしこれほどとは、と曹操は唸る。
華雄に武勇が勝っていたわけではない、と思う。
唯一勝っていたのは、気魄。
劉備の戦で見せる気魄は、ふつうの者とはちがう。
それが、勝利を手繰り寄せたのか。
劉備が駄目なら、連合軍すべてで華雄を関に押し込めるつもりだった。
曹操が三日三晩、苦心して考えた作戦を、劉備は一度のぶつかりで終わらせた。
それもたった二百の兵で、だ。
やはり、天下に躍り出るか、劉備よ。
曹操は嬉しくなって、帰還する劉備を笑顔で祝福した。
その晩、酒を持って劉備の陣屋を訪れた。
劉備は驚いたようで、すぐに奥に誘われる。
孫堅がすでにいて、酒を交わしているようだった。
「孫堅殿か。これは、邪魔をしたかな」
「いや、気になさらず、曹操殿。俺も、劉備殿を祝おうと思ってきただけだ」
孫堅は、あまり酔っている風には見えなかった。
関羽と張飛がいて、孫堅のそばには黄蓋がいる。
戦は続いているのだが、シ水関を各軍が囲んでいるので、打って出てくるとは思えなかった。
十日もすれば、関も音をあげるだろう。
劉備が華雄を討ち取ったからこそできる余裕だった。
「黄蓋に魚を焼かせている。塩をまぶすと、たまらなく美味いのだ。ぜひ、曹操殿も食っていってくれ」
「そうか。それなら、馳走になろうかな。返しといってはなんだが、酒を持ってきた。兵の分も、と思ったので、かなりあるぞ」
「良いな。じゃあ、魚と酒で宴でもしようじゃないか。戦場だから大きくはできんが、ここにいる者だけでやる分には、かまわないだろう」
孫堅は笑って、曹操に席を差し出す。
劉備がふたりに向かい合って、腰を下ろした。
戦に勝った浮かれた気配は、すでに劉備にはなかった。
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