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「帝の血は時を経るほど神聖なものになる。あと百年経てば、失ってはならぬものになる。千年生きれば、国そのものになる。国は、帝に拠って生きられるので、弱ることはない、と思います」
「帝が弱っているではないか。帝が弱るから、周りの者が力を持つ。それで、国は荒れる」
孫堅が、言い返した。
だが、劉備は首を振る。
「帝に必要なのは、権威です。権力は、覇者が持てば良い。帝は、ただそこに坐すだけで良いのです。国の象徴として、血を受け継いでゆく。覇者は、帝を守りつつ、その下で政をなす。国の覇権を争うことに、もう帝を巻き込んではいけない、と私は思います」
それは、劉備がずっと秘めてきた思いだった。
帝に対する願望に近いもの。
帝は、いくら生きようと、政を自分の手でしたがるものだ。
だから董卓のように恐怖で支配しなければ、帝を操ることができない。
帝を操らなければ、宦官のような謀臣が暗躍する。
それで、国は荒れる。
もはや、帝は、重荷でしかないのだ。
出された魚はとっくに冷えていた。
関羽と張飛というふたりの英傑は、劉備が隠し持つ、この鋭さと、思いに魅せられたのだろうか。
曹操はひとり、酒を飲んでいた。
「俺と劉備殿の目指すところは、ちがうみたいだな。俺は、海や河で生きてきたから、力がすべてだった。それに、自ら政をなせるから、人は帝になりたがるのだろう」
孫堅の口から、魚の小骨が吐き出される。
身はひとつも付いていない。
「国は、河だと思うのだ、劉備殿。河は、一度どこかでほかの河と交ざり、濁流となったほうが良い。それで、ずっと強くなる。濁流は時を置けば、清水に変わる。国も、そういうものではないのかな」
孫堅は、覇者の意見を持っている、と曹操は思った。
劉備は沈んだ表情で、机上から目を上げることはなかった。
自分の語るものが、理想論でしかない、ということを理解しているようでもあった。
「帝は、平穏に暮らす。覇者は、その下で政をなす。それが一番良いのだと、時をかけて、陛下に理解してもらう。私に見えているのは、それくらいです」
劉備は、もうなにも言わなかった。
どちらの勝ち、というものではない。
ただ、言いたいことはお互い言い切った、という感じだった。
劉備が、冷えた魚を口にする。
美味い、とだけ呟いたようだが、声が小さくてよく聞こえなかった。
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