獣の咆哮

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  シ水関を抜かれた。 その報告を、呂布は虎牢関で受けた。 華雄が討たれてからちょうど十日。 よく保った、というところか。 呂布は関の楼台に立って、遠方を臨んだ。 まだ、連合軍は見えない。 そろそろ来るだろうと思っている。 虎牢関は、関から裾状に険しい山脈が広がるので、シ水関よりずっと守りやすい。 十里先では五万の軍が展開できても、虎牢関の手前では一万ほどしか展開できないのだ。 それに、虎牢関よりも土地が低いので、矢がかなり遠くまで届く。 矢は、十万本は虎牢関に貯め込まれていた。 董卓はよほど臆病なのだ。 だが、その臆病さのおかげで、たった二万でも保つだろう。 いざとなれば岩を流すのも良い。 だが、守るだけでは駄目だ、と呂布は思っている。 ここで、攻めに懸ける。 逆落としをして、袁紹の首を取る。 そうすれば、連合軍は瓦解して、洛陽を刺せなくなるだろう。 雷雅を守り抜くことができる。 麾下の者が、洛陽で雷雅を守っている。 呂布の麾下は、腕が立つだけでなく、絶対の忠誠を誓っている。 高順や張遼がその典型だった。 日が暮れ始める。 太陽を背にして、呂布は立ち尽くしていた。 黒い鎧に身を包み、戟を握り締める精悍な姿は、誰かが近寄ることを許さなかった。 麾下の五百の騎馬隊は、涼州の駿馬揃いだった。 二万を率いてきたが、関から出すのは騎馬だけで十分だと思っている。 歩兵がいると、動きが遅くなる。 赤兎について縦横無尽に駆け回れるのは、麾下の騎馬隊だけだ。 歩兵のせいで動きが遅れて、失うような真似だけはしたくなかった。 麾下はそれぞれが、自分の馬の世話をして、愛情を持って育てあげている。 馬と信頼し合い、阿吽(アウン)の呼吸をなせるようにしてある。 だから、呂布の騎馬隊は恐ろしいくらいに迅(ハヤ)く、精強だった。 丁原の息子として上党にいた頃、力とはなにかを考えた。 力は、徳や正義の代替品なのかもしれない。 その時は、必死に、否定した。 大軍を迎えようという今になって、漠然とだが、わかるような気がする。 守りたい、と思う心なのだ。 雷雅を守りたい。 それだけで、力が溢れてくる。 それ以上の意味は、必要ない。 力を以て、戦って、守る。 それで雷雅を守れるなら、戦おう、と呂布は思った。 遠方で、土煙が見え始めた。 獣の咆哮。 呂布は、戟を天に掲げ、楼台から力の限り雄叫びをあげていた。 すぐに、地を埋め尽くすような兵の群れが、見えた。
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